京都山科区 畠山ゆき                            ピアノ・ジャズ教室 講師紹介

●のびのびと育つ

北海道旭川市で男兄弟の末っ子として生まれる。 農家で母親が忙しく、小さい頃はよく泣いていた。 寂しくもあったが大家族で大自然の中のびのびと育った。

 

●音楽が大好きな子に

4歳でヤマハ音楽教室のアンサンブルコースに通う。 お友達と習うのが楽しく保育園のお昼寝の時間に迎えが来て、抜け出してレッスンに連れて行ってもらうのが嬉しかった。 家にはレバー式のエレクトーンがあった。

 

●小2年で、個人レッスンへ

隣の地域にピアノもエレクトーンも教えてくれる先生がいるという事で北村正美先生にピアノ30分、エレクトーン30分のダブルレッスンが始まる。 とにかく楽しくて音楽が大好きだった。 アップライトピアノを買ってもらう。 運動神経、反射神経、記憶力がよく、それがエレクトーンとうまくマッチしてよく進んだ。

 

●コンプレックス

兄二人は、性格も頭も良く旭川東高校に進学、のちに学校の先生へ。 親は比べはしながったが、どうしても兄達に対してコンプレックスを感じてしまう毎日。 兄二人もエレクトーンを習ったが途中で挫折。 エレクトーンのおかげで、音楽だけは兄にも誰にも負けないという気持ちが持てた。この頃の将来の夢がすでに「ピアニストになること」。最近見つけた小学生時代の文集に書いてあり、その具体的な内容がほとんど叶っている。

 

●カルチャーショック

のびのびした小学校時代から峠を越えて自転車で40分の中学校へ進学。 同級生は増えるが、今までの少人数制の学校とはうって変わって出る釘は打たれる時代へ。 明るく積極的な性格だった自分は、ことごとく打たれ、自信は見る見る無くなっていった。 社会の中で人の顔を見て過ごす時代が続いた。

 

●エレクトーンが支えに

中学時代でエレクトーンの花が開く! もともと牽引力のあった先生のもとでグレードやコンクールにチャレンジし、成果を挙げる。 中学3年の時に、コンクールでホルストの惑星を弾き奨励賞に輝く。 この結果で俄然やる気が湧いた。 ジャズの存在を知ったのもこの頃で何もかもが新鮮で、衝撃を覚えた。

 

●高校デビューでバラ色の人生

普通科の制服が可愛い高校へ入学。 それまでメガネっ娘だったのがコンタクトにするとみんなから可愛い、可愛いと言われ勝手に人が集まって来た。 目立つつもりはなかったが、明るい性格から目立ってクラスの中心に。  エレクトーンもさらに花開き、ついに最優秀賞を受賞。 ただ、家族は思ったほど関心がなく、もっと喜びを一緒に味わえる人がいたらなぁと思った。 ジャズや洋楽に興味を持ち、ラジオを熱心に聞いたり専門誌を読んだりする。

 

●音楽の道へ 

ヤマハ音楽院北海道講師養成所札幌校に進学を決意。 受験科目である楽典、聴音、弾き語り、課題曲、自由曲の エレクトーン、ピアノの勉強スタート。 ここで初めて音大出身の武田先生のところにピアノを習いに通う。 レッスン室にはグランドピアノが2台。 先生は上品で、お嬢様で、服装もいつも整っていらした。 きめ細かいレッスンで音のタッチ、音色作りにもとてもこだわっており、奥の深い世界を知りピアノの面白さに出会う。ラベルのソナチネ等を見てもらう。 旭川南高校の芸術鑑賞会に同じ武田先生の門下生の同級生と私とがピアノ演奏をしたことがあった。 同級生の演奏があまりに素晴らしく、私もずっと武田先生に習っていたら・・・と思った。

 

●原因不明の鬱に

旭川のヤマハの推薦もあり、卒業したら楽器店に就職するという条件で学校に合格。 2年間の学校生活は、音楽的にはとても充実したものだった。 しかし原因不明の鬱になってしまう。 重度の不眠症で1年間一睡もできないという悪夢の日が続いた。 今までの自分ではない感覚に見舞われる。 学校の先生や友達にも相談したが理解してもらえず一人で悩んだ。 アルバイトや友達との息抜きが救いだった。 ぼうっとして無気力、自分を責める、そんな症状が襲い最終的には学校にいけなくなる。

 

●恩師との再会

そんな暗闇の中、一筋の光が。 ある日、突然旭川から北村先生が訪ねてきた。 私は一気に先生に現状を話すと、先生は虫の知らせだといって泣きながら励ましてくれ心底私のことを応援してくれた。 このおかげで復学し卒業する事が出来た。

 

 

●講師業始まる

ヤマハ音楽院を修了し、旭川のヤマハに20歳で入社。 音楽教室システム講師となり、幼児科を4グループ、個人レッスンも小2~中学生まで受け持つ。 子供は可愛く良い仕事だったが、再び鬱が再発して退社。

 

●ジャズピアニストへの道

憧れであったジャズを学びたいと思っていた22歳の時ジャズピアニスト故市川修氏と出会い弟子入り。 本格的にジャズピアノの勉強を始める。 全て受け入れてくれる大きな器を持つ人で音楽以上に人としての生き様を学ぶ。 師匠の主催するジャムセッションに参加するようになる。 温かく、尊敬できる大好きな師匠で父のように思っていた。 ライブハウスなどでアルバイトをし生計を立てる。

 

●自殺未遂

26才、仕事とプライベートの狭間で自殺未遂を起こしてしまう。 一命をとりとめたが、心に大きな傷を残し、その後も自殺未遂を繰り返してしまう。 その度に周りが助けてくれた。

 

●生きる決意

『また死ねなかった』 何度となくくり返される病院での朝。 ところ、その日は違った。 『私は死ぬことができないんだ』 と、急に腑に落ちて悟った。 『生かされている』と メッセージを感じ自分の中からどんどん答えが出て来た。 それは、今までにない新鮮な感覚だった。 這い上がるしかない。 私は生きる決意をする。

 

●徐々に音楽の世界へ復帰

ピアノは救いであった。 アパートには中古のエレピしかなかったが他の様々なお店にもジャムセッションにも顔を出すようになり仲間が出来、バンドを組んで、ライブを重ねたり、お店に誘われるようになる。 色々な編成、シチュエーションでの演奏を経験する。 孤独感は離れなかったが20代後半からラウンジなどで少しずつギャラが発生する仕事を得てピアノを仕事として弾くようになる。

 

●市川修師匠が急逝。

あまりにショックで鬱に。何も手がつかなくなり実家に帰る。過食になり激太りする。

 

●ヒーリングの資格を取りまくる

師匠の死から一年後、見守ってくれる人や応援してくれる人がいる中ライブに復帰。 ライブ以外の演奏の仕事も少しずつ復帰。しかしその頃飲んでいた薬の副作用で死にかける。痛みの中休まずタクシーで演奏に行く。 見た目が明るいので人に理解されなかった。 薬との決別を決めると同時に、代替医療の勉強を始める。 アロマテラピーアドバイザー、メンタル心理カウンセラー、 ヒーリングの資格を多数取り、人に施すまでになる。

 

●心と音楽は繋がっている

内面がクリアになると音も光り輝く。 人の内側と音楽は繋がっている。 そのことがわかり、自分の演奏にも また生徒の指導にもこのことを生かすようになる。

 

●演奏で人を癒す

出す音でその人の内面が病んでいたりがわかるように。 レッスンでは生徒に気づかれないようにカウンセリング的なアプローチができるようになる。 人生相談が相次ぐ。 この頃になると内面が安定してきて、むしろ普通の人より健全な精神のコントロールができるようになり、演奏すると癒される、という声をかけてもらうようになる。

 

●アスペルガーの旦那に出会う

32歳の時に、付き合った彼氏がアスペルガー症候群(高機能自閉症)だということがわかる。 お互いに理解し合うまで時間がかかったが、お互いにサポートできるようになる。 映像作家の彼は私の音楽のよき理解者でもある。

再生回数6万回以上

 

 

 

 

初の共同作品はジャズピアニスト、セロニアス・モンクの物語。 ジャズ界でも認められ話題になる。 再生回数1000回以上

 

 

 

●毎回トイレ掃除

滋賀県の教室から声がかかり定期的にジャズピアノとボーカルのレッスンを始める。 そうしたお仕事をいただけることがありがたく、感謝の気持ちで毎回教室のトイレ掃除をする。 夜はライブハウスやラウンジ等で演奏活動、昼間はカルチャースクールや他のボーカルスクールの伴奏などもする。

 

●お母さんたちを泣かせてしまう

0歳~幼児の親子が通う音楽教室の伴奏をしていた。 お母さんたちは、みんな子育てに頑張っていた。 でも時に不安になったり・・・ そんな中、あるお母さんが自作の歌詞を持って来て、読ませてもらうと、とてもいい歌詞なので歌詞を預かるとインスピレーションが湧いて、すっと曲ができた。 できた曲は『ママ大好き』。 0歳からの音楽教室で演奏すると 教室がいつになくシーンとなり、 お母さんたちの顔を見ると、みんなハンカチで目頭を押さえている。 その後、わぁ~と歓声が上がり、感動した!と盛り上がった。

 

●ママ大好きが大ヒット

その後、この曲はCDにもなり、 この曲を中心に育児応援団体が発足。 胎内記憶の著者の池川明氏に推薦を受ける。 YouTubeで6万回以上の再生回数

 

 

今でも、聞いた方が泣いてくださる。

 

●体の故障~2人のカリスマに出逢う

35を過ぎた頃、手首や足腰の故障が増え、体の痛さにピアノをやめるかと悩む。 同時に2人のカリスマに出逢う。

 

●お坊さんの弟子になる

ある時その治療法の教えを乞うためお坊さんの弟子になり荷物持ちをすることになる。 夜も昼も関係なく先生から声がかかると飛んでいった。 私のエネルギーが癒しのエネルギーだと言われた。 その頃先生のリクエストで作ったオリジナル曲を聞くと眠くなると言われる。

 

●藤井貞泰先生に習う

同時に日本ジャズ界の重鎮藤井貞泰先生にレッスンを受けることになる。 エネルギッシュな先生のスタジオには良い気が満ちていて不思議と体が元気になった。 人が10年かかるテクニックが3分で出来たと素直さを褒められる。 たくさんの刺激を受け演奏スタイルや理解が深まり演奏が向上する。 演奏活動が忙しくなり、あちこちから声をかけてもらえるようになる。 内面もさらに充実する。 演奏する時には本気で世界平和を願って弾くようになる。

 

●人に乗り越えられないは壁はない

乗り越えた今全てを受け入れている。 極限を経験した事で強く人に優しくなれた。 全ての経験に感謝している。 全ては良い音楽家になるための道だったと思っている。 自分がそうだったように、人には乗り越えられない壁はない。 生徒さんにも、これから数々の壁が持ち構えていると思うが 私は生徒さんがその壁を乗り越えるのを楽しみに待ちたいと思う。 音楽でも、人生においても私が力になれることがあったら全力で応援したいと思う。

 

●お子さんを持つ保護者の方へ

 

 

ストレスの多い時代、お子さんは心から伸び伸びと育ってますか? 全ての人に個性があり、それぞれの人生に役割があります。 人と同じでないという事、それは音楽をする上では最高の宝物になります。 疎外感を感じたり、表現出来る場所がないお子さんは、安心を与えてあげると光り輝きます。 色々な経験を消化した私だからこそ出来るレッスンがあります。 子どもは受け入れてくれる場があると安心して物事に取り組む事ができ集中力もアップします。 自分の個性をどう社会に役立てるかという事を考えていける基盤作りに、是非ピアノに、音楽に、触れさせてあげてください。